弁護士 駒井重忠Blog

弁護士法人 菜の花

基本的人権の尊重

表現の自由、思想良心の自由、信教の自由、学問の自由、職業選択の自由、

法の下の平等など

みなさんも聞かれたことがあるはずです。

これらはみな、基本的人権とよばれる権利です。

 

ところで、基本的人権を尊重している法は何か、ご存じですか?

 

そうです。

日本国憲法です。

 

日本国憲法の条文をご覧になられたことがありますか?

なければ、ぜひ、一度、立ち読み可能な本屋さんや、図書館で、

六法を開いてみてください。

インターネットでもご覧いただくことは可能です。

 

基本的人権を尊重することをしめす条文として、

まず、憲法13条をご紹介しましょう。

声に出してみますと、案外、きれいな響きのある条文です。

 

憲法第13条

すべて国民は、個人として尊重される。

生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、

公共の福祉に反しない限り、

立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

ここにある、

生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利

これが基本的人権です。

 

ちなみに、基本的人権の尊重を、法律家は、

基本的人権の保障(ほしょう)と言っています。

 

さて、

ではなぜ、日本国憲法は、基本的人権を保障しているのでしょう?

 

それは、

権力の濫用(らんよう)から国民(=個人)ひとりひとりを守るためです。

 

権力によって国民ひとりひとりが不条理を強いられることがないように、

日本国憲法は、基本的人権を保障することによって、

権力に歯止めをかけているわけです。

 

では、権力を持つものとは、いったい、なんでしょうか?

 

まずは、国家権力ですね。

国家が持っている、立法権、行政権、司法権です。

 

つまり、基本的人権の尊重(保障)は、

まずもって、国家権力の行使に歯止めをかけるためにあるのです。

 

ですから、先ほどご紹介した、憲法13条は、

「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

と定めているのです。

 

基本的人権の保障は、

個人 対 国家

という図式において、まずは機能すべきものなんですね。

 

日本国憲法が定める基本的人権の尊重が、

個人 対 個人

という図式において機能するのは例外的です。

 

日本国憲法が定める基本的人権は、

向こう三軒両隣にちらちらする、ただの人を攻撃するものではありません。

たとえばコンビニの買い物客が店員に向かって主張するものではないのです。

 

自由 = わがまま

こういう図式でとらえる人たちは、

「日本国憲法は権利ばかりを保障していて、けしからん。」と言います。

 

しかし、日本国憲法が保障する様々な権利(基本的人権)が、

個人 対 国家

という、「およそかけ離れた力関係」のなかで、

個人を不条理から守るために機能するものだということを知れば、

なぜ、日本国憲法が権利ばかりを保障しているのか、

その意味を理解していただけるはずです。

 

少なくとも、

国家権力を行使する側の人たちが、

「日本国憲法は権利ばかりを保障していて、けしからん。」

と公的に主張するのは、

いささかおかしな主張だと、気づいていただけるのではないでしょうか。